RegenLab PV
臨床医学

膝の関節注射、結局どれが効くのか?——ステロイドからエクソソームまで、9つの治療法を分子から読み解く

2026-08-01

膝が痛い。整形外科を受診すると「注射しますか」と言われる。でも、その注射には少なくとも9種類の選択肢があり、それぞれ効き方も、証拠の強さも、まるで違うということは、あまり知られていません。今日紹介するのは、コルチコステロイドという「昔からある薬」から、まだ動物実験の段階にとどまるエクソソームという「最先端の細胞外小胞」まで、膝の変形性関節症(knee osteoarthritis, KOA)に対する関節内注射(intra-articular injection, IAI)を分子レベルで一望したレビュー論文です。

👦 生徒:注射なんて、痛み止めが効いて終わりじゃないんですか?

🧬 エクソ太郎:それが今回のテーマなんだ。同じ「関節に注射する」という行為でも、炎症を鎮めるだけのものから、軟骨そのものを守ろうとするものまで幅がある。しかもその「証拠の強さ」は治療法ごとにバラバラだ。今日はその地図を一緒に描いていこう。

掲載誌情報

  • 論文タイトル:Molecular Advances in Intra-Articular Injections for Knee Osteoarthritis
  • 著者:Juan M. Roman-Belmonte(マドリード赤十字サンホセ・サンタアデラ病院 リハビリテーション科、初稿執筆)、Hortensia De la Corte-Rodriguez(ラ・パス大学病院-IdiPaz リハビリテーション科)、E. Carlos Rodriguez-Merchan(ラ・パス大学病院-IdiPaz 整形外科、責任著者)
  • 掲載誌:Frontiers in Bioscience-Landmark(Front. Biosci. (Landmark Ed))2026年 31巻7号 51917
  • DOIhttps://doi.org/10.31083/FBL51917
  • 査読・掲載経過:投稿2026年3月16日、改訂5月17日、受理5月22日、掲載7月24日(Academic Editor: Elisa Belluzzi)
  • オープンアクセス:CC BY 4.0ライセンス
  • 論文の種類:レビュー論文(review)。ただし本文中に検索データベース名やPRISMAフローチャート、登録されたプロトコルへの言及は一切なく、方法論としては「系統的レビュー」ではなく、著者らの知識と経験に基づくナラティブ・レビューにあたります。この点は後段の「批判的に読む」で詳しく扱います。
  • 掲載誌について:Frontiers in Bioscience-Landmarkは、シンガポールに拠点を置くIMR Pressが発行する学術誌です。名前が似ている「Frontiers」シリーズ(スイス・ローザンヌのFrontiers Media社が発行するFrontiers in PharmacologyやFrontiers in Immunologyなど)とは別の出版社なので、混同しないよう注意してください。MEDLINE/PubMedには2009年発行の14巻以降が収載されていることが、NLM Catalogの記載で確認できます。出版社公式ページによればScopus・SCIE(Web of Science)・DOAJにも収載されているとのことで、複数の独立集計サイトの記載とも整合しています。Impact Factorについては、同誌の公式アカウントがClarivate社Journal Citation Reportsの2023年版データとして3.3と発表しています。なお出版社サイトでは現在「4.1」という数字も掲示されていますが、これがどの年のデータに基づくかは明記されておらず、確定情報としては前者の3.3(2023年JCRデータ)を採用するのが妥当です。
  • 資金提供・利益相反:「本研究は外部資金の提供を受けていない」「著者らは利益相反なしと申告している」と明記されています。

責任著者について:E. Carlos Rodriguez-Merchan氏は、マドリードのラ・パス大学病院(La Paz University Hospital)整形外科、および同病院附属の医学研究機関IdiPaz(La Paz University Hospital Institute for Health Research)に所属しています。この所属はPubMedに登録された同氏の別論文(2022年、International Journal of Molecular Sciences誌に単著で発表した「膝OAへの間葉系幹細胞関節内注射:現在の分子メカニズムと有効性のレビュー」)の記載と一致しており、直接確認できました。つまり同氏は、今回のレビューを書く以前から、まさにこの分野――膝OAへの再生医療的関節内注射――について自ら総説を執筆してきた研究者です。それ以外にも、血友病性関節症(hemophilic arthropathy)の診療・研究に継続的に取り組んでおり、共著者のDe la Corte-Rodriguez氏とともに『Haemophilia』誌に繰り返し論文を発表しています。また膝関節外科も専門分野の一つで、Springer社の書籍『Advances in Orthopedic Surgery of the Knee』(2023年)の編者としても名前が挙がっています。なお、性別を明示する記載は入手できた資料のいずれにも見当たらなかったため、本稿では性別を特定しない書き方を通します。共著者のJuan M. Roman-Belmonte氏はマドリード赤十字サンホセ・サンタアデラ病院リハビリテーション科に所属し本レビューの初稿を執筆、Hortensia De la Corte-Rodriguez氏はラ・パス大学病院-IdiPazリハビリテーション科に所属し、Rodriguez-Merchan氏とは血友病性関節疾患の研究で繰り返し共同執筆している間柄です。

そもそも、これまで何が分からなかったのか?

長らくKOAは「軟骨がすり減る病気」、つまり機械的な摩耗が主因の変性疾患だと考えられてきました。しかし本論文が強調するのは、この理解が「不完全」だという点です。KOAは軟骨だけの病気ではなく、軟骨、軟骨下骨、滑膜、半月板、関節包、そして膝蓋下脂肪体(infrapatellar fat pad)までを含めた「関節という臓器全体」の病気であり、しかも複数の免疫関連シグナル伝達経路が関わる、持続的な低グレードの炎症性疾患だというのです。

この炎症は関節のあちこちから立ち上がります。半月板が変性すると、周囲の軟骨細胞の遺伝子発現がパラクライン的に変化し、シクロオキシゲナーゼ2(COX-2)やマトリックスメタロプロテアーゼ3(MMP-3)が誘導されます。滑膜では、軟骨や関節組織のマトリックス分解産物がToll様受容体や補体カスケードを刺激し、炎症性サイトカインが放出されます。膝蓋下脂肪体は、神経ペプチドに加えてIL-1β、IL-6、TNFといった古典的な炎症性サイトカインの局所的な供給源になっています。さらに神経系レベルでは、炎症性サイトカインや神経成長因子による末梢の痛覚受容器の感作、脳・脊髄側の「痛みに対する過敏化」である中枢性感作、そして軟骨下骨の破骨細胞がネトリン1を産生して異常な知覚神経の骨内進入を招く現象まで、複数の経路が痛みと病気の進行に絡んでいることが整理されています。

免疫細胞の構成も、病期によって様変わりします。早期KOAの関節液では、マクロファージが69%、リンパ球が18%(うち86%がT細胞)を占め、好中球はわずか2%程度で、マクロファージのM1(炎症誘導型)対M2(抗炎症・組織修復型)の比率はおよそ6対4です。ところが進行期になると、マクロファージ・好中球・T細胞がほぼ均等に混在する構成へと様変わりします。M1/M2比の上昇は、痛みの強さや画像上の病期進行と密接に関連することも分かっています。加えて、II型コラーゲンをコードする遺伝子COL2A1の顕著な分解と、軟骨形成に不可欠な転写因子SOX9の活性低下が、軟骨破壊の分子的な最終共通経路として位置づけられています。

もう一つの根深い問題が、薬をどう関節に届けるかという物理的な壁です。軟骨の細胞外マトリックスは負電荷を帯びた密な構造を持ち、多くの薬剤が軟骨細胞や深部の層まで到達するのを妨げます。滑膜の透過性はサイズ依存的で、150キロダルトン(kDa)を超える分子は通常ゆっくりとしか透過しませんが、滑膜炎を起こした炎症関節では約2.5倍まで透過が増すことも報告されています。つまり「関節に注射すれば効く」という単純な話ではなく、薬剤がどこにどれだけ届くかという薬物動態そのものが、治療効果を左右する変数なのです。

👦 生徒:じゃあ、膝の痛みって結局「炎症」なんですか、それとも「すり減り」なんですか?

🧬 エクソ太郎:両方だけど、順番が大事なんだ。すり減りの破片が引き金になって炎症が起き、その炎症がさらに軟骨を壊す――という悪循環が回っている。だから「炎症を止める注射」と「軟骨を守る注射」は、本当は別のターゲットを狙っていることになる。この後見ていく9つの治療法は、まさにこの悪循環のどこを狙うかで性格が全く違うんだ。

この論文で、何が分かったのか?

本論文は、現在臨床や研究の現場で使われている、あるいは検討されている関節内注射を9種類、それぞれの分子メカニズムと臨床エビデンスの成熟度とともに整理しています(なお論文自身のTable 2と図1は、後述するPRPとHAの併用療法を独立の第10のカテゴリーとして数えており、本稿ではこれをPRPの一変種として扱っているため9種類という数え方になっています)。エビデンスの厚みは治療法ごとにまるで違うことが、読み進めるとよく分かります。

コルチコステロイド(CS)は50年以上の臨床使用実績を持つ「古株」です。培養マクロファージを用いた実験では、トリアムシノロンアセトニドがマクロファージのCD80発現を抑え、CD163発現を増やして抗炎症的な表現型へ誘導することが示されています。32件の前臨床研究(関節1079件)を対象にした系統的レビューでは、CSが軟骨関連指標を改善したのは68%、滑膜の指標を改善したのは60%だった一方、軟骨・滑膜への悪影響がそれぞれ11%、20%の研究で報告されました。ここで本論文の中でも最も見過ごせない知見が登場します。ある大規模RCTでは、トリアムシノロン40mgを3か月ごとに2年間投与したところ、生理食塩水群と比べて軟骨体積減少が有意に大きく、しかも痛みには臨床的に意味のある改善が見られませんでした。一方で別の箇所では「効果は少なくとも26週間持続する」という記述もあり、同じ論文内に「26週後には効果のエビデンスがない」という記述と併存している点も見逃せません(両方とも原文のまま、異なる引用文献に基づく記述です)。米国リウマチ学会(ACR)とEULARはいずれも、急性増悪時や関節水腫を伴う場合の短期的な症状緩和としてCSを支持していますが、反復使用には慎重な個別判断が必要としています。

👦 生徒:「安全」と「軟骨が減った」が同じ論文に両方書いてあるって、変じゃないですか?

🧬 エクソ太郎:矛盾してるように見えるけど、実は測定方法の違いが大きいんだ。痛みのスコアだけを見ていた古い研究と、MRIで軟骨の体積そのものを測った新しい研究とでは、見えてくる景色が違う。「痛くなくなった」と「壊れていない」は、実はイコールじゃない――ここは覚えておいてほしい。

ヒアルロン酸(HA)は関節の潤滑・粘弾性回復に加え、炎症シグナルの調節も担います。注射後はM1マクロファージがまず顕著に減少し、その後わずかに増加する一方でM2マクロファージは着実に増える――というM1からM2への移行が痛みの軽減と相関しますが、この推移は直線的ではなく、複数回投与後にM1がやや戻ってくる「免疫寛容」的な現象も報告されています。IL-6・IL-8は最初の注射後に顕著に低下します。HAは分子量によって性格が変わり、低分子量(500〜1000kDa)は組織への浸透力が高い反面、関節内半減期が短く3〜5回の投与が必要になります。中分子量(1000〜2300kDa)は健常な関節液に近い粘弾性を示し、高分子量(3000kDa超)は関節内滞留期間が長く、より強い抗炎症・免疫抑制効果を持ち、単回投与で済むことが多いとされます。軽症例では効果が24週まで持続したとの報告がある一方、EULARは柔軟に容認する立場、ACRはベネフィットの限定性とエビデンスの不均一性を理由に日常的な使用に否定的という、ガイドライン間の見解の相違もあります。

多血小板血漿(PRP)は自己血を遠心分離し、血小板濃度をベースラインの2〜5倍に高めた血液製剤です。炎症性サイトカインと抗炎症性サイトカイン・成長因子の両方を含み、初期には組織の「掃除」を促す炎症反応を、その後は炎症収束と組織修復を促す――という二段階の役割を果たします。27種のサイトカインを解析した研究では、乏血小板血漿(PPP)と比較して炎症性サイトカイン8種、成長因子2種、ケモカイン1種が有意に上昇していました。血小板由来成長因子(PDGF)はNF-κBシグナルの下方制御やSrc/PI3K/AKT経路の調節を介して、IL-1誘発性の軟骨細胞炎症反応を抑制することも示されています。専門家35名によるデルファイ・コンセンサスでは、血小板数・白血球数・赤血球数・活性化方法・血漿型かフィブリンマトリックス型かでPRPを分類すべきだと結論づけられました。系統的レビュー・メタ解析では、PRPはCS注射よりも痛み・こわばり・活動性の改善で優れた成績を示し、その効果は少なくとも6か月持続し、3回の週1回投与は単回投与より効果的でした。ACRはPRPの標準化不足を理由に使用に否定的、EULARは明確な推奨を示していません。なおPRPとHAの併用については、動物モデルでCD44とTGF-βRIIを介した相乗的な分子機序が報告されているものの、ヒトでの臨床データはまだ限定的で議論が続いています。

脂肪由来オルソバイオロジクス(FDO)は、1999年のヒト骨髄由来間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell, MSC)の単離、2001年のZukらによる脂肪由来間質幹細胞(adipose-derived stromal/stem cell, ASC)の特性解析を経て、2011年に初めてヒトの膝・股関節OAへの臨床応用が報告された比較的新しい治療です。酵素処理で得る間質血管画分(cSVF)、それを培養拡大したASC、酵素を使わず機械的処理のみで得る組織由来SVF(tSVF)の3種があります。ある系統的レビューでは、29研究中28研究で疼痛・機能の改善が報告され、tSVFで治療した患者1234人、cSVFで884人、ASCで387人という数字が示されていますが、884+387=1271となり1234とは一致せず、原論文自身がこの内訳をどう合計すべきか明示していません。サブタイプ間では、tSVFがより強い再生効果と構造的な改善(MRI所見)を、cSVFがより高い細胞密度と鎮痛効果を、ASCがより均一な細胞集団と12か月時点でのより長期的な臨床効果を示す傾向があるとされています。

骨髄由来MSCは自家(オートロガス)と他家(アロジェネイック)に分かれます。自家では、未処理の骨髄穿刺液(BMA)、遠心分離で得る骨髄穿刺濃縮液(BMAC、細胞生存率約90%・当日調製可能)、数週間かけて培養拡大するMSCの3種があります。作用機序は主にパラクライン(傍分泌)性で、NF-κB・MAPK経路の抑制、IL-1β・TNF-α・IL-6の減少とTGF-β・IL-10の増加、SOX9・アグリカン・II型コラーゲンの増加とMMP-13・ADAMTS5の抑制、そしてマイクロRNA(miRNA)を運ぶ細胞外小胞(extracellular vesicle, EV)によるマクロファージのM1からM2への転換が挙げられています。臨床成績は94.4%の症例で改善が見られる一方、他の生物学的治療に対する優越性は示されておらず、軽症例ではHAより効果が長続きし、PRPとは24か月時点で差がなく、CSより高い奏効率を示したと報告されています。他家MSCは若く健康なドナー由来のほうが免疫調節能が高く、12か月時点でのMRI T2マッピングで軟骨変性の進行を遅らせる可能性が示されています。ある系統的レビュー・メタ解析では、痛み4.08点、IKDCスコア2.88点、WOMAC指数−11.05点、Lequesne指数5.32点、Lysholmスコア5.07点、Tegner活動尺度0.44点の改善が報告され、最大の治療効果は24か月時点で得られたとされています。

エクソソームは、直径30〜150nm、浮遊密度1.13〜1.19g/mLという極めて小さな細胞外小胞で、MSCが細胞そのものよりもむしろ分泌物(セクレトーム)を介して働くという理解の転換から注目を集めています。ここは本論文全体の中で唯一、明確に「前臨床段階」と位置づけられている領域です。論文自身の比較表でも「ヒト臨床試験なし、単離方法にばらつきあり」と明記されています。動物モデルでは、miR-100-5pを豊富に含むエクソソームがmTORを抑制してオートファジーを促進する経路、脂肪由来幹細胞エクソソームのmiR-376c-3pがWNT3・WNT9aを阻害しWNT/β-catenin経路を抑える経路、miR-146a・miR-326・miR-361-5pがNF-κBを抑制しIL-1β・TNF-α・IL-6やNLRP3インフラマソーム関連分子を減らす経路、PINK1/Parkin経路を介したミトコンドリアオートファジーの活性化、NMNで前処理したエクソソームによるGAS6-MERTK-PI3K/AKT経路の活性化、IFN-γ誘導エクソソームが運ぶHsp70によるAMPK-SIRT3経路の維持――という6つのシグナル伝達経路が報告されています。いずれも動物実験レベルの知見であり、ヒトへの応用にはさらなる厳密な検証が必要だと著者ら自身が明記しています。

このほか、活性酸素種を介して炎症性サイトカインを抑えるオゾン療法(効果は主に最初の6か月程度、長期効果や至適投与プロトコルは未確立)、デキストロース(12.5〜25%)を注射して血小板由来成長因子などの放出を促すプロロセラピー(他の筋骨格系疾患への応用エビデンスは不十分)、末梢・中枢の両方で痛覚感作を抑えるボツリヌス毒素(短期的な鎮痛効果、適応はまだ明確でない)についても、それぞれ限定的ながら分子メカニズムと初期の臨床データが紹介されています。

未来はどう変わる?(臨床への道)

著者らは論文の最後に、かなり具体的な治療アルゴリズムを提示しています。軽症のKOAでは、まずHAを第一選択とし、反応が不十分ならCS注射に切り替える。中等症〜重症のKOAでは、まずPRPを第一選択とし、改善が見られなければHAまたはCSを検討する。FDOやMSCといった有望な治療法は、治療推奨の中に位置づけるにはまだエビデンスが十分でなく、オゾン療法やボツリヌス毒素と同様に、症例ごとの個別判断に委ねるべきだとしています。

この序列は、そのまま9つの治療法が置かれている「エビデンスの成熟度」の地図でもあります。CSとHAは数十年の臨床実績があり、ガイドラインにも明記された確立した選択肢です。PRPとFDO/MSCは、ヒトでの臨床データが増えつつあるものの、投与プロトコルの標準化不足や処理方法のばらつきが臨床導入の足かせになっている「成長期」の治療法です。デルファイ・コンセンサスによるPRP分類の提案は、この標準化への一歩として重要な意味を持ちます。

そして最も未来志向なのがエクソソームです。細胞そのものを移植するのではなく、細胞が持つ「情報」だけをパッケージ化して届けるという発想は、免疫拒絶のリスクを抑えつつ、細胞治療特有の生着率の低さ(移植した細胞の多くは標的の微小環境と十分に相互作用する前に体内から急速に除去されてしまう)を回避できる可能性を秘めています。ただし現時点では動物実験のデータしかなく、ヒトでの安全性・有効性を確かめる前に、まず単離方法の標準化と用量反応関係の解明が必要です。

👦 生徒:エクソソームってもう治療に使われてるのかと思ってました。

🧬 エクソ太郎:まだなんだ、少なくともこの膝OAの領域では。動物実験で6つものシグナル伝達経路が報告されているのは確かにすごいことだけど、それは「メカニズムの説明力」であって「ヒトでの有効性の証明」とは別物なんだ。ここを混同すると、過剰な期待を招いてしまう。

この研究をどう批判的に読むか(限界と、さらに質を高める道)

まず評価すべき点から述べます。本論文は、CSからエクソソームまで成熟度の異なる9つの治療法を一つの分子生物学的な文脈の中で横断的に整理しており、個々の治療法だけを追っていては見えにくい「エビデンスの地図」を提供している点は大きな価値です。2024〜2026年に発表された比較的新しい系統的レビューやメタ解析を数多く引用しており、治療アルゴリズムという実践的な着地点まで示している点も評価できます。エクソソームについて「ヒト臨床試験なし」と明言し、過大な期待を煽らなかった誠実さも好感が持てます。

一方で、少なくとも3点は率直に指摘すべきです。第一に、方法論の透明性の欠如です。本論文はレビュー論文でありながら、序論にも本文にも検索に用いたデータベース名、検索式、選択・除外基準、PRISMAフローチャートといった系統的レビューに求められる要素が一切記載されていません。唯一「文献検索と方針を立案した」という一文が著者貢献欄にあるだけで、実際にどのように文献を収集・選別したのかは読者には分かりません。つまり本論文はナラティブ・レビューとして読むべきであり、系統的レビューが持つような網羅性の担保はない、という前提で数値を受け取る必要があります。

第二に、コルチコステロイドをめぐる記述の緊張関係です。本論文はCS節で、大規模RCTがトリアムシノロンの反復投与によって軟骨体積減少が有意に増え、しかも痛みには臨床的に意味のある改善がなかったという、かなり重い知見を紹介しています。それにもかかわらず、論文末尾の治療アルゴリズムでは、CSは軽症例の第二選択、中等症〜重症例でもPRPが不十分な場合の選択肢として明記されたままです。さらに「効果は少なくとも26週間持続する」という記述と「26週後には効果のエビデンスがない」という記述が、同じ論文の同じ節に、異なる引用文献を根拠として併存しています。著者らは構造的安全性への懸念そのものは、CS節、Table 2のCS行、そして結論部と、論文の複数箇所で繰り返し明言しています。しかしそれにもかかわらず、なぜCSが治療アルゴリズムの中に位置づけられ続けるのかという理由づけ、そして「26週間持続」と「26週後にはエビデンスなし」という記述同士の矛盾については、著者ら自身がついに一度も調整・解消していません。この点は、繰り返し警鐘を鳴らしながらも結論への反映が徹底しきれていない、レビュー論文としての弱さと言わざるを得ません。CSの「安全な短期オプション」という一般的なイメージは、少なくともMRIベースの構造評価を用いた質の高いRCTの前では、無条件には成り立たないという事実を、読者はこの論文から正確に読み取る必要があります。

第三に、治療法ごとのエビデンス品質の不均一性です。PRPは調製プロトコル(単回か複数回か、白血球を多く含むか少なく含むか)が研究間でバラバラで比較が困難、FDOは脂肪吸引という侵襲的な処置を要しかつ処理方法・投与量の標準化が不十分、他家MSCはドナー年齢によって効果が変わるという交絡要因を抱え、エクソソームは単離方法(超遠心分離か市販キットか)によって得られる小胞の性質そのものが変わりうるという、それぞれ異なる種類の「ばらつき」を抱えています。著者ら自身もこれらの限界を随所で認めていますが、改善への具体的な道筋としては、PRP・FDOについてはデルファイ・コンセンサスに基づく調製方法の標準化された報告、CSのように痛みスコアだけでなくMRIによる構造的評価をエンドポイントに含めた頭対頭(head-to-head)のRCT、そしてエクソソームについては単離方法を統一した上でヒト臨床試験への橋渡しを追跡するレジストリの整備が、次に必要な一手だと考えます。

エクソ太郎の視点

正直に言うと、膝という関節の話は、私自身が主戦場としている脊髄損傷(spinal cord injury, SCI)や神経疾患とは、臓器としては遠い場所にあります。無理につなげるつもりはありません。それでも、この論文を読んで最も心に残ったのは、エクソソームという治療モダリティが置かれている「立ち位置」でした。

本論文の中で、CS・HA・PRP・FDO/MSCは、数十年から十数年かけて、標準化の議論、ガイドラインでの位置づけ、そして時にはCSのように「思っていたほど安全ではなかった」という手痛い教訓までを積み重ねてきました。一方でエクソソームだけは、この論文の比較表の中でただ一つ「ヒト臨床試験なし」と明記された、まだ動物実験の段階にとどまるモダリティです。これはまさに、私自身が扱っているMSC由来細胞外小胞(EV)によるSCI治療研究が今、立っている場所と同じ翻訳段階です。臓器は違っても、越えるべきハードルの種類は驚くほど似ています。

この論文が教えてくれるのは、成熟した治療法が辿ってきた道のりそのものです。PRPが専門家35名によるデルファイ・コンセンサスで調製方法を標準化しようとしていること、CSの「安全性」の実像がMRIベースの構造評価を用いた質の高いRCTによって初めて正確に見えてきたこと、そして骨髄MSCの効果が24か月という長期の追跡で初めて確認されたこと――これらはすべて、EV治療がCNS疾患で本当に人に使われる日を目指すなら、いずれ通らなければならない道です。動物モデルでの美しいメカニズムの説明は、その第一歩に過ぎません。この論文を読んで、自分の研究がどの段階にいて、次に何を証明すべきかを、また一つ具体的に確認できたように思います。