交通事故やスポーツ外傷で脊髄を損傷した直後、身体の中では最初の物理的な傷そのものよりも、その後数日から数週間にわたって続く「二次損傷」が最終的な機能予後を大きく左右する。この二次損傷の主役の一つが、アストロサイト(星状膠細胞)の表面にあるコネキシン43というタンパク質だ。今回紹介する論文は、このコネキシン43を狙う世界初の抗体医薬――ALMB-0166――を、受傷から72時間以内のヒト患者24人に実際に投与した、第I/II相臨床試験の報告である。
掲載誌情報
- 論文タイトル: “Safety, tolerability and preliminary efficacy of ALMB-0166 in patients with acute spine cord injury”(急性脊髄損傷患者におけるALMB-0166の安全性、忍容性、予備的有効性)
- 著者: Jinqian Liang(筆頭著者、論文の執筆・改訂を担当)ほか16名。北京協和医院(Peking Union Medical College Hospital, PUMCH)整形外科を中心に、中国7施設の整形外科・神経外科・臨床薬理部門の医師陣、スポンサー企業CSPC Pharmaceutical Group Co., Ltd.の臨床開発部門6名、そして開発元AlaMab Therapeutics Inc.(米ニュージャージー州プリンストン)の責任著者Yanfeng Zhang氏が名を連ねる
- 掲載誌: Brain Communications 2026年8巻4号、論文番号fcag275
- DOI: 10.1093/braincomms/fcag275
- Impact Factor: 4.5(Oxford Academicの当該誌ページが「2025年データに基づく」と明記する数値。CiteScoreは6.7〔2025年〕、オンラインISSN 2632-1297)。あくまで目安として捉えていただきたい
- 掲載元: Oxford University Press。英国の神経学振興チャリティ「Guarantors of Brain」を発行母体とし、神経学の老舗誌Brain(1878年創刊)の姉妹誌として2019年に創刊された、完全オープンアクセスの医学誌
- オープンアクセス: はい。CC BY 4.0ライセンスで、出典を明記すれば複製・改変・再配布が自由
- 論文の種類: 原著論文(レビューではない)。多施設・ランダム化・二重盲検・プラセボ対照の単回漸増用量(single ascending dose, SAD)第I/II相試験
- 査読の経過: 2025年10月16日受付 → 2026年6月11日改訂 → 6月29日受理 → 7月25日早期公開
- 治験登録: ClinicalTrials.gov NCT05524103
- 資金と利益相反: 本試験は、ALMB-0166を開発するAlaMab Therapeutics (Shanghai) Inc.が単独で資金提供した(責任著者Zhang氏の所属先であるプリンストンのAlaMab Therapeutics Inc.とは別法人)。17名の著者のうち6名がCSPC Pharmaceutical Group Co., Ltd.の、1名(責任著者のYanfeng Zhang氏)がAlaMab Therapeutics Inc.の社員であり、計7名が企業に所属している(詳しくは第5章で扱う)
責任著者について。 本論文には2名の責任著者がいる。
Yanfeng Zhang氏は、開発元AlaMab Therapeutics Inc.(米ニュージャージー州プリンストン)の研究開発部門に所属し、同社公式サイトでは「President(社長)」の肩書きで紹介されている。同社サイトによれば、ミシガン州立大学で遺伝学・生化学のPhDを取得し、タンパク質の構造・機能、製造、創薬開発の分野で産業・学術合わせて10年以上の経験を持つ。AlaMab入社前はXBiotech社でディレクターを務めた。ALMB-0166の抗体技術は2017年にUTヘルス・サンアントニオ校とUTヘルス・ヒューストン校から導入されたものだ。同社は臨床段階の候補品として、ALMB-0166(脊髄損傷、および虚血性脳卒中)と、骨関連がんを対象とするALMB-0168の2つを有しており、ALMB-0166は2018年に米FDAの希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)指定を受けている。
Guixing Qiu氏は、北京協和医院(PUMCH)整形外科に所属し、中国工程院の院士(academician)でもある。1942年江蘇省無錫生まれ、1968年に北京協和医学院を卒業。同院外科主任、整形外科主任を歴任し、主任医師・教授・博士課程指導教員として国務院特別手当の受給歴を持つ。脊柱側弯症の分類法として知られる「PUMC分類」の提唱者であり、その関連研究プロジェクトは国家科学技術進歩賞二等賞を受賞したと同院の公式経歴ページに記載されている。本論文の筆頭著者Jinqian Liang氏も同じくPUMCH整形外科に所属し、両氏は側弯症研究などをめぐり10年以上にわたり共著関係にある――この継続的な共著関係が、今回のQiu氏が長年PUMCHで活躍してきた同一人物であることを裏づける手がかりとなっている。なお、現在のPUMCH整形外科の主任医師は別の人物とされており、Qiu氏は年齢や経歴から見て、現在は指導的・名誉的な立場にあると推測される(この点はあくまで推論であり、一次資料に明記されているわけではない)。
そもそも、これまで何が分からなかったのか?
交通事故や転落、スポーツによる急性脊髄損傷(spinal cord injury, SCI)では、衝撃そのものが神経を壊す「一次損傷」だけでなく、そのあと数時間から数週間かけてじわじわと被害が拡大する「二次損傷」が、最終的にどこまで機能が戻るかを大きく左右する。この二次損傷の中心的な舞台の一つが、脊髄のアストロサイト表面に最も豊富に存在するタンパク質、コネキシン43(connexin43, Cx43)である。
正常な状態では、Cx43は隣り合う細胞同士をつなぐギャップ結合として働き、細胞間の情報伝達を支えている。ところが損傷を受けると、Cx43は「ヘミチャネル」と呼ばれる、細胞の外に向かって開いた半分だけの通路として異常に開口するようになる。ここからATP(アデノシン三リン酸)やグルタミン酸、イオンなどが漏れ出し、アストロサイトとミクログリア(脳・脊髄常在の免疫細胞)どうしの「クロストーク」を介してNF-κBのような炎症シグナルを増幅させる。興奮毒性、炎症、代謝ストレスが連鎖し、当初のダメージ以上に神経細胞と軸索が失われていく――これが「バイスタンダー損傷」と呼ばれる現象だ。
脳卒中、てんかん、虚血、視神経損傷、そしてSCIそのものなど、中枢神経系が傷つく多くの場面でCx43の発現上昇が確認されている。マウスの実験では、アストロサイトのCx43を選択的に欠損させると損傷後のATP放出が大きく減り、病変体積が約50%縮小し、グリア瘢痕形成やアストログリオーシス、活性化ミクログリアも抑えられ、運動機能の回復も改善する――という報告がある(ただしこれは遺伝子操作マウスを使った別の基礎研究であり、ALMB-0166そのものの結果ではない)。
👦 生徒:細胞を守る仕組みのはずのアストロサイトが、逆に被害を広げてしまうんですか。 🧬 エクソ太郎:火事のあとの消火活動で放水した水が、今度は建物を水浸しにしてしまうようなものです。最初の火(一次損傷)を消すための反応が行き過ぎると、二次的な被害を生んでしまう。ALMB-0166が狙うのは、まさにこの「行き過ぎた放水」を適度に絞ることです。
一方、これまでSCI急性期に使われてきた薬には、いずれも限界があった。高用量メチルプレドニゾロンはかつて神経保護効果が期待されたが、投与できる時間の窓が受傷後8時間以内と極めて狭いうえ、効果があるのは一部の患者の運動機能改善にとどまり、免疫抑制や消化管合併症といった重い副作用を伴う。そのため米国神経外科医協会(AANS)と米国脳神経外科学会(CNS)のガイドラインは2013年以降、メチルプレドニゾロンを推奨していない。筋萎縮性側索硬化症治療薬として知られるリルゾールや、抗菌薬ミノサイクリンも候補として試験されてきたが、リルゾールは肝臓への負担、ミノサイクリンは実臨床での投与計画の複雑さといった課題を抱える。そして、ヒトのCx43ヘミチャネルを直接狙う医薬品は、国内外を問わずこれまで承認されたものが一つもなかった。ALMB-0166は、その空白を埋めようとする世界初の試みである。
この論文で、何が分かったのか?
今回の試験は、中国7施設が参加した、多施設・ランダム化・二重盲検・プラセボ対照の単回漸増用量(SAD)第I/II相試験である。2022年7月1日から2024年10月17日にかけて、C3セグメント以下の急性SCIで、AIS(American Spinal Injury Association Impairment Scale、脊髄損傷の重症度をA〔完全損傷〕からE〔正常〕まで5段階で評価する国際基準)でグレードBまたはC、受傷から72時間以内に手術が予定されている18〜75歳の患者を対象に募集した。
27人がスクリーニングされ、2人が選択・除外基準に該当せず対象外となり、25人がランダム化された。200mg・600mgの各群は2:1、1200mg・2400mg・4800mgの各群は3:1の比率で実薬とプラセボに割り付けられ、1人がランダム化後に治療を受けずに離脱、最終的に24人(実薬群17人、プラセボ群7人)が単回静脈内投与を受け、全員が試験を完遂した。安全性レビュー委員会(SRC)が各用量段階の安全性データを確認しながら次の段階へ進むかを判断する、段階的な増量デザインである。年齢中央値は57.5歳(39〜74歳)、男性が70.8%、AISグレードCが83.3%を占めた。
安全性(主要評価項目): 治療下発現有害事象(treatment-emergent adverse event, TEAE。投与後に生じたあらゆる有害事象を指し、必ずしも薬との因果関係は問わない)は実薬群94.1%(16/17)、プラセボ群100%(7/7)と、発現率そのものはむしろプラセボ群の方が高かった。グレード3以上のTEAEは実薬群17.6%(3/17、低カリウム血症・肺炎・呼吸不全・深部静脈血栓症を各1例含む)に対し、プラセボ群42.9%(3/7、低カリウム血症2例、低ナトリウム血症1例)と、こちらも実薬群の方が低かった。このうち薬剤との関連が疑われた有害事象(treatment-related adverse event, TRAE)は実薬群35.3%(6/17)、プラセボ群28.6%(2/7)で発生したが、いずれもすべてグレード1(軽度)にとどまった。重篤な有害事象(SAE)は実薬群で深部静脈血栓症1例のみ(治験薬との関連は「おそらくなし」と判定)、プラセボ群では0件。死亡例は両群とも0件だった。
薬物動態(PK): 200mgから4800mgまでの用量域で、ALMB-0166の血中濃度は投与開始とともに緩やかに上昇し、投与終了直前にピーク(Tmax中央値1.03〜2.01時間)を迎え、その後ゆっくりと低下した。最高血中濃度(Cmax)は200mg群の76.80μg/mLから4800mg群の2290.00μg/mLまで用量に応じて上昇し、消失半減期は149.86〜201.24時間(約6〜8日)の範囲でほぼ一定だった。用量比例性を検定するpower modelでは、Cmax・AUC0-t・AUC0-∞のβ値がそれぞれ1.122、1.088、1.084(いずれも95%信頼区間が1を含むか近接)となり、200〜4800mgの範囲でほぼ線形の薬物動態を示すことが確認された。抗薬物抗体(ADA)陽転化は200mg群・600mg群・プラセボ群で各1例のみと少なく、力価も低いため、免疫原性のリスクは低いと判断されている。
| 用量 | Cmax(μg/mL) | t1/2(時間) | AUC0-∞(h・mg/mL) |
|---|---|---|---|
| 200mg | 76.80 | 201.24 | 9.88 |
| 600mg | 181.75 | 151.66 | 21.01 |
| 1200mg | 575.67 | 193.27 | 85.09 |
| 2400mg | 946.33 | 149.86 | 126.81 |
| 4800mg | 2290.00 | 175.92 | 257.29 |
半減期(t1/2)がおよそ150〜200時間、日数にすると6〜8日の範囲でどの用量でもほぼ揃っており、単回投与でも数週間かけてゆっくり体内から消失していくことがわかる(なお、どの血中濃度が実際に効果を発揮する「有効濃度」にあたるかは、本論文では特定されていない)。
👦 生徒:薬を投与したはずの実薬群より、プラセボ群の方が副作用が多いなんて意外です。 🧬 エクソ太郎:少人数の試験では、こうした逆転はしばしば起こります。むしろここで大事なのは、実薬群で見られた副作用がすべて軽度(グレード1)にとどまり、重い副作用の増加が確認されなかったという点。「安全そうだ」と言える最初の材料が揃った、という段階です。
有効性(副次評価項目、探索的): 感覚スコア(ISNCSCI)は、投与28日目の変化量が1200mg群+62.3、2400mg群+63.0に対し、プラセボ群は+20.6にとどまった。内訳を見ても、痛覚(ピンプリック)スコアは1200mg群+30.0・2400mg群+32.0に対しプラセボ群+8.7、軽い触覚(ライトタッチ)スコアも1200mg群+31.3・2400mg群+31.0に対しプラセボ群+11.9と、いずれの感覚モダリティでも実薬群が上回った。運動スコアは2400mg群+53.7に対しプラセボ群+34.1で、上肢の運動スコアは200mg群+21.8・1200mg群+19.3・2400mg群+24.3に対しプラセボ群+11.9、下肢の運動スコアも2400mg群+29.3に対しプラセボ群+22.3と改善していた。AISグレードの回復では、実薬群で2人がグレードC(不全麻痺)からグレードE(正常)まで回復した一方、プラセボ群でグレードEまで回復した患者は0人だった。痛みの指標であるVASスコアは、1200mg群で28日目-40.0、56日目-44.3と改善が持続したのに対し、2400mg群は28日目-23.7、56日目も-23.7とほぼ横ばいで、プラセボ群(28日目-18.9、56日目-20.9)との差が時間とともに縮小していった――感覚・運動では優れた効果を保った2400mg群も、痛みに関しては必ずしも一貫した優位性を示さなかった点は、正直に記しておきたい。1200mgと2400mgをプールした事後解析では、多くの時点で名目上のp<0.05(多重比較未調整)が得られている。
最高用量4800mgでの意外な現象。 PKは4800mgまで線形で、重篤な有害事象も出ていないにもかかわらず、有効性の指標では4800mg群がむしろ1200mg・2400mg群より見劣りする「相対的な低下」が観察された。著者らはこれについて、ヘミチャネルを抑えすぎることでアストロサイトの恒常性そのものが乱れる可能性、高すぎる曝露がアストロサイトや神経の支持に必要なギャップ結合の働きまで妨げてしまう可能性、薬理効果が飽和したうえで過剰な遮断がかえって代償的な炎症経路を引き起こす可能性などを挙げている。ただし論文自身も「これらの機序はあくまで仮説であり、ALMB-0166がSCIにどう作用するかの詳細な解明にはさらなる検証が必要」と明記しており、断定はしていない。
👦 生徒:量が多いほど効果も強くなりそうなのに、なぜ4800mgでは効果が弱まったんですか。 🧬 エクソ太郎:痛み止めを飲みすぎるとかえって体調を崩すのと似た構図かもしれません。少し閉じれば十分なドアを、力任せに閉め切ってしまうと、本来必要な細胞同士のやり取りまで止めてしまう――そんな「効きすぎ」のリスクを示す結果だと私は読んでいます。だからこそ著者らは、一番強い用量ではなく1200mgと2400mgを次の試験の主役に選んだのでしょう。
未来はどう変わる?(臨床への道)
著者ら自身が明言しているとおり、本試験の結論は「1200mgと2400mgを、次の試験で検証すべき用量として推奨する」というところまでである。安全性・有効性・PKの3つを総合し、この2用量が次段階の臨床試験の中心用量に選ばれた。
今回はあくまで単回投与・少人数の第I/II相試験であり、これがそのまま治療につながるわけではない。次に必要となるのは、より大規模な患者数を組み入れ、複数回投与(multiple ascending dose, MAD)を含む、より長期のランダム化比較試験であり、そこで1200mg・2400mgを軸に、有効性を裏づける多重比較調整済みの統計解析があらためて行われることになるだろう。現行の2000年版ISNCSCI基準ではなく、最新の2019年版基準を用いた評価も課題として残されている(詳しくは次章)。
もし今後の大規模試験でも同様の傾向が確認されれば、Cx43ヘミチャネルを狙う抗体医薬は、急性期SCIにおいて「これまで承認薬が一つもなかった」領域を埋める初めての選択肢になりうる。受傷後72時間以内に手術が予定される患者を対象に、点滴一回で投与できる設計であることも、実務上は扱いやすい。もっとも、SCIの領域では抗Nogo-A抗体のように、すでに第II相試験の段階まで進んでいる別の抗体医薬もあり、ALMB-0166もそうした挑戦の一つとして位置づけられる。
忘れてはならないのは、適格基準こそ「C3セグメント以下のSCI」と胸髄・腰髄損傷も含みうる広めの設定だったにもかかわらず、実際に組み入れられた24人が全員C3〜C7の頸髄損傷だったという点だ。したがって、胸髄・腰髄レベルの損傷にまで今回の結果をそのまま広げてよいかは、このデータだけでは判断できない。承認までの距離感としても、今回はあくまで中国7施設で行われた早期・単回投与の試験であり、実際に医療現場で使える薬になるには、この先さらに数年単位のMAD試験・大規模検証試験・各国規制当局への申請という段階を経る必要がある。
👦 生徒:これでもう病院で使えるようになるんですか? 🧬 エクソ太郎:まだです。これは「安全に使えそうだ」「効果がありそうだ」という最初の手がかりを得た段階にすぎません。実際に治療として承認されるまでには、今回よりずっと大規模な検証試験を重ね、規制当局の審査を経る必要があります。今回の結果は、その長い道のりの「最初の一歩」だと捉えるのが正確です。
この研究をどう批判的に読むか(限界と、さらに質を高める道)
まず評価すべき点を挙げておきたい。安全性を最優先に、段階的な用量漸増と安全性レビュー委員会による都度の判断を組み込んだ設計は、脆弱な急性期SCI患者を対象とする早期試験として妥当なものだ。有害事象、PK、免疫原性、効果指標のいずれも定義の明確な解析セットに基づいて丁寧に報告されており、著者ら自身も結果を「preliminary(予備的)」と位置づけ、過大な結論を避けている。
そのうえで、率直に指摘すべき点がいくつかある。
第一に、資金提供と利益相反である。 本試験は、ALMB-0166を開発するAlaMab Therapeutics (Shanghai) Inc.が単独で資金提供しており、17名の著者のうち6名がCSPC Pharmaceutical Group Co., Ltd.の、1名(責任著者の一人であるYanfeng Zhang氏)がAlaMab Therapeutics Inc.の社員である(計7名)。これは論文中でも利益相反として明記されている、初期の企業治験ではごく一般的な構図であり、それ自体が不正を意味するものではない。ただし読者としては、資金提供元と結果の解釈が独立していない可能性を念頭に置く必要がある。
第二に、「unpublished data(未公表データ)」への依存である。 ALMB-0166のマウスSCIモデルでの有効性、マウス・ラット・サル・ヒト由来アストロサイトへの結合性、マウスとカニクイザルでの反復投与毒性試験、そしてオーストラリアで実施された健常人対象の第I相試験(n=28、42.9%にTEAE)――これらはすべて本論文中で「unpublished data」として引用されるのみで、独立した論文として査読・公表されておらず、第三者が内容を検証できない。今回のヒト初期治験の土台となる安全性の根拠の多くが、この未公表データに依存している点は率直に記しておくべきだろう。
第三に、著者ら自身が明記する6つの限界である。 ①単回漸増用量(SAD)デザインであり反復投与時の安全性は不明、②追跡期間が56日間と短く長期的な有害事象・効果の持続性は評価できない(ただし半減期の複数倍をカバーしてはいる)、③各用量群の症例数が3〜4例(プラセボ群は7例)と小さく検出力の計算も行われていないため有効性の数値はあくまで予備的、④評価に用いたISNCSCI基準が2019年改訂版ではなく2000年版、⑤VASスコアの解析で併用鎮痛薬の影響が調整されていない、⑥以上を踏まえ、2019年版ISNCSCI基準を用いたより大規模・長期のMAD試験が必要――という6点だ。
👦 生徒:でも「p<0.05」と書いてあるなら、統計的に効果があると証明されたということではないんですか。 🧬 エクソ太郎:くじを何本も引いてから「当たりが出た組み合わせ」だけを報告するようなものだと考えてください。あらかじめ決めた一つの仮説を検証したp値ではなく、多くの指標・時点を事後的に見比べて見つかった「名目上のp<0.05」です。本物の証明には、比較の数を先に決めて統計的な補正をかけた検証的な試験が必要です。
加えて、有効性の数値そのものが事後解析(post hoc)による名目上のp値(多重比較未調整)に基づく探索的な結果であり、confirmatory(検証的)な統計学的証明ではないことも強調しておきたい。1200mg・2400mg群の感覚・運動スコアの改善は数値としては明確だが、同じ2400mg群の疼痛(VAS)改善は28日目で-23.7、56日目でも-23.7とほぼ横ばいで、プラセボ群(-18.9→-20.9)との差が時間とともに縮まっている――良い数字だけを並べるのではなく、こうした一貫しない部分も含めて評価するべきだ。さらなる質の向上には、より大規模で長期の反復投与(MAD)試験、2019年版ISNCSCI基準の採用、多重比較を事前に調整した統計解析計画、そして可能であれば独立資金源によるデータの追試が求められる。
エクソ太郎の視点
私自身が長年取り組んできたのは、間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell, MSC)やその細胞外小胞(extracellular vesicles, EV)を使って、脊髄損傷後の神経を「育てる」再生医療のアプローチだ。今回のALMB-0166は、まったく違う方向から同じ問題に挑んでいる。神経を新しく作ったり修復を促したりするのではなく、受傷直後の数時間から数日で暴走するアストロサイトの炎症反応そのものを鎮めるという発想だ。
この違いは、実はとても相性がいいのではないかと私は考えている。SCIの急性期は、まず「これ以上ダメージを広げない」ことが最優先になる時期であり、ALMB-0166のようにCx43ヘミチャネルを介したATP・グルタミン酸の漏出や炎症の連鎖を早期に抑える薬剤は、この「延焼を食い止める消火活動」にあたる。一方、私たちが手がけてきたMSC由来EVは、炎症が落ち着いた亜急性期から慢性期にかけて、軸索の伸長や血管新生、神経保護因子の分泌を介して「焼け跡から再建する」働きを担う。
もちろん、この2つを組み合わせた治療が実際に効果を示すという臨床的な証拠は、現時点でどこにも存在しない。あくまで作用機序から見た仮説であり、私個人の期待にすぎないことは正直に申し添えておきたい。それでも、急性期の抗炎症・神経保護と、亜急性期以降の再生医療とを時間軸でつなぐという発想は、SCI治療の将来像として十分にありうる方向だと思う。ALMB-0166が今後の大規模試験でどこまで有効性を確かなものにできるか、そして私たち自身のMSC-EV研究がどこで橋渡しできるか、引き続き注目していきたい。
