脳梗塞から半年が過ぎ、リハビリによる改善が頭打ちになりやすい時期——脳卒中の慢性期です。その動かないままの麻痺に、他人の骨髄から採った間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell, MSC)を遺伝子改変し、頭蓋骨の小穴から梗塞のすぐ周りへ置いてくる。2011〜2013年、米国の2施設で18人にそれが行われました。本稿はその2年完了報告です。数字だけ見れば「麻痺は動いた」。ただし対照群がありません。
掲載誌情報
- 論文タイトル: Two-year safety and clinical outcomes in chronic ischemic stroke patients after implantation of modified bone marrow–derived mesenchymal stem cells (SB623): a phase 1/2a study(改変骨髄由来MSCの2年成績)
- 論文の種類: CLINICAL ARTICLE(臨床原著)。2年・非盲検(open-label)・単群(single-arm)の第1/2a相のヒト介入試験
- 著者・所属: Gary K. Steinberg(責任著者)ほか計12名。スタンフォード大学、ニューヨーク大学(NYU)、ピッツバーグ大学医療センター(UPMC)、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)、SanBio, Inc.、Biostatistical Consulting Inc.
- 掲載誌: Journal of Neurosurgery 2019年, 131巻5号, 1462–1472頁(米国脳神経外科学会〔AANS〕旗艦誌)。2018年11月23日オンライン先行公開
- DOI・登録番号: 10.3171/2018.5.JNS173147(PMID 30497166)/NCT01287936
- Impact Factor: 3.8(JCR 2025年版。発行元AANSの公式ページでは確認できず、外部の指標データベースによる値)
- オープンアクセス: いいえ(AANSが著作権を保持する「bronze OA」。PMCにも全文なし)
- 資金源・利益相反: SanBio, Inc.との契約で資金提供。Bates氏とMcGrogan氏はSanBio常勤従業員、Case氏とYankee氏は元従業員かつ現株主、Poggio氏はSanBioに統計サービスを提供する会社のオーナー。Wechsler氏はSanBioとAthersys双方のコンサルタント。メディカルライティングもSanBio資金
- 前報: 同じ18人の12か月中間報告はStroke(2016;47:1817–1824)——2年報告で掲載誌が移りました
責任著者・Gary K. Steinberg氏について: スタンフォード大学医学部の脳血管外科医。1995年から2020年まで同大学脳神経外科の主任教授(Chair)。2017年スミソニアンAmerican Ingenuity Award(生命科学部門)受賞者です。
そもそも、これまで何が分からなかったのか?
Introductionは身も蓋もありません。米国の脳卒中有病数は2014年で推定720万例、新規・再発は年間795,000件。80%が1年を生存する一方、70%超が長期の障害を残します。急性期の静注t-PAと血栓回収が届くのは患者の10%未満と1%未満。そして核心——慢性期脳卒中に承認された治療は存在しない。
👦 生徒:半年でもう伸びしろがなくなるって、脳の中では何が終わっているんですか?
🧬 エクソ太郎:終わるというより「工事が引き揚げる」に近い。梗塞の直後は生き残った神経が枝を伸ばし、隣が肩代わりし、血管も作り直される復興特需の期間だ。数か月でそれが終わると街は安定する。慢性期の治療とは、引き揚げた工事車両を呼び戻せるかという話でもある。
この「呼び戻し」を狙う道具がSB623細胞です。他人由来(allogeneic)の骨髄MSCに、ヒトNotch-1細胞内ドメインをコードするプラスミドを一過性にトランスフェクションした細胞。継代でプラスミドは失われ体内でNotch-1を作り続けはしませんが、12か月報告(Stroke 2016)はこの刺激がDNAメチル化とタンパク質発現のパターンを変えると記します。刺激は消えても性質の変化は残る、という設計思想です(持続期間やヒト体内での状態は不明)。
期待作用は栄養因子や細胞外マトリックス(extracellular matrix, ECM)タンパク質の分泌、抗炎症、免疫抑制、血管新生など8項目。ただしこれは12か月報告が「前臨床研究では(In preclinical studies)」として挙げた動物実験と培養細胞の所見で、ヒトで確認された作用ではありません。「移植細胞が神経細胞に置き換わる」もどこにもない。生存期間「通常1か月未満」も動物への異種移植(xenograft)の話で、ヒトでの生存期間は不明と明記されています。
👦 生徒:1か月で消える細胞を移植して、2年間の改善を期待するのは無茶ではないですか?
🧬 エクソ太郎:著者らの想定はこうだ——細胞は住人ではなく火付け役。冷えた暖炉に放り込む炭は一晩で灰になるが、火が回れば部屋は朝まで暖かい。SB623が分泌する分子が炎症を抑え、脳の可塑性を再点火する。これがパラクライン効果(paracrine effects)という仮説だ。
この論文で、何が分かったのか?
379人をスクリーニングして登録は18人(4.7%)。基準は18〜75歳、中大脳動脈またはレンズ核線条体動脈領域の皮質下に完成した非出血性梗塞、発症後6〜60か月で運動麻痺が残存、NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale、脳卒中重症度)> 7かつmRS(modified Rankin Scale、生活自立度)3–4。安定性の担保に登録前3週間で2回NIHSSを測り変化±1点以内を必須。18人は平均61.3歳、女性11人・男性7人、黒人1人・ヒスパニック0人、発症から平均22.0か月(7–36)、梗塞サイズ平均42.3 cm³。
除外基準のほうが雄弁。2回目以降の症候性脳卒中(再発)、脳出血、梗塞サイズ100 cm³超、76歳以上、てんかんの既往または抗てんかん薬の使用、コントロール不良のうつ(ハミルトン尺度 > 14)、3か月以内の痙縮治療(ボツリヌス毒素・フェノール・髄注バクロフェンなど)、コントロール不良の糖尿病・高血圧・腎不全・肝不全・心不全——すべて除外。脳幹・小脳の梗塞も組入れ領域外。379人中18人という数字の中身はこれで、高齢者・再発例・痙縮治療中・うつを抱える患者へ結果を直接一般化することはできません。
手技は緻密。単一の穿頭孔(burr hole)から3本の穿刺トラックを、運動路に近い梗塞周囲の皮質下で互いに5〜6 mm離れるよう計画。カニューレを最深点まで挿入し20 μLの細胞懸濁液を10 μL/分で注入、引き抜きながら4〜5 mm間隔で5か所——3トラック×5点=15か所、総量300 μL。用量は2.5×10⁶、5.0×10⁶、10×10⁶個の3コホート各6人の単回投与。免疫抑制薬の記載は一切なく、抗HLA抗体でモニターされています。
主要評価項目は「6か月時点のESS(European Stroke Scale、欧州脳卒中スケール)のベースラインからの変化」と本文に明記され、結果は達成(met)。ESSは6か月で6.5点改善し(95% CI 2.6–10.4、p < 0.01)、Discussionも「the primary clinical outcome measure … was achieved」と明言します。曖昧にできない事実です。
ただしこの「達成」は単群の前後比較であって、対照群との差ではありません。しかもESSには、患者が変化を実感する最小の差=最小限の臨床的に重要な差(minimal clinically important difference, MCID)が論文にも文献にもなく、6.5点の臨床的な意味は評価できません。さらにClinicalTrials.govの登録(2023年の結果掲載版)の主要評価項目は「有害事象を経験した被験者数」1項目で、ESSは9つある副次評価項目の1つ——本文と齟齬があります。
| 尺度(得点範囲) | ベースライン | 12か月 | 24か月 |
|---|---|---|---|
| ESS(0–100) | 58.44 (6.27) | +6.9(3.5–10.3、p < 0.001) | +5.7(1.4–10.1、p < 0.05) |
| NIHSS(0–42) | 9.3 (1.7) | −1.9(−2.6 to −1.1、p < 0.001) | −2.1(−3.3 to −1.0、p < 0.01) |
| F-M(0–226) | 133.61 (20.90) | +19.2(11.4–27.0、p < 0.001) | +19.4(9.9–29.0、p < 0.01) |
| FMMS(0–100) | 30.44 (15.14) | +11.4(4.6–18.2、p < 0.001) | +10.4(4.0–16.7、p < 0.01) |
| mRS(0–6) | 3.2 (0.4) | 0.0(−0.2 to 0.2、p < 0.99) | +0.1(−0.2 to 0.3、p < 0.99) |
ESSとFugl-Meyer系(F-M total/FMMS)は高いほど、NIHSSとmRSは低いほど良い尺度です。2019年の本論文は満点を明示しませんが、同じ18人の2016年報告はFMMSを「100点尺度」と明記し、ClinicalTrials.govの登録もF-M total 0–226・FMMS 0–100としています。抄録は「効果は12か月でプラトーに達し、その後低下しなかった」と書きますが、点推定はESS 6.9→5.7、FMMS 11.4→10.4と下がり、p値は弱まり信頼区間は広がります。小標本の効果量は上振れしやすく(winner’s curse)、この改善シグナルが後続の偽手術対照試験で再現されなかった下地でもあります。
「臨床的に意味のある改善」——本論文はFMMS(Fugl-Meyer Motor Score、フーグル・マイヤー運動スコア)の10点(10%)以上の増加を閾値とします——には18人中13人(72.2%)が到達。平均78.4日(SD 64.1)で、13人中9人は2か月まで。達成群の最大平均変化は2か月で+12.4点、非達成群5人は+1.5点。改善と細胞用量・年齢・重症度に相関はなし。
ただし72.2%の中身には注意が要ります。定義は「試験期間中のどこか1回の受診で+10点に達した」であって、決まった時点の改善率ではありません。受診は1年目9回・2年目1回。測る機会が10回あれば、ばらつきだけでも「どこか1回は超える」確率は上がります。実際、後続のACTIsSIMAはこれを「6か月時点で+10点以上」に変え、改善率はSB623群でも7/55(12.7%)・9/56(16.1%)。72.2%と13〜16%の落差には、細胞の効果の有無だけでなく、この定義の違いも含まれます。
👦 生徒:4つの尺度が全部よくなって、mRSだけ動かなかったのはなぜですか?
🧬 エクソ太郎:ESS・NIHSS・F-M・FMMSはどれも「機能障害(impairment)」の物差しで、腕がどこまで挙がるかを測る。対してmRSは「障害度(disability)」、生活の自立度の物差しだ。楽器でいえば「音階が何段出るか」と「一曲弾けるか」の違いだ。音階は伸びたが曲は弾けなかった。しかもBarthel IndexもFIMもQOL尺度も測っておらず、改善が生活に翻訳されたかを検証できない。
18人全員が少なくとも1件の治療下有害事象(treatment-emergent adverse event, TEAE)を経験。中止例も用量制限毒性も死亡もなし。最多は手術関連の頭痛88.9%(16/18)、悪心33.3%、うつ・筋痙縮・嘔吐が各22.2%、気脳症・硬膜下血腫・けいれん・肺炎が各2人(11.1%)。細胞治療にprobably/definitely関連とされたTEAEはゼロ、possiblyは筋痙縮1人(5.6%)のみ——ただしこの判定は2016年報告から変わっています(後述)。対照的に手術手技にはprobably 55.6%、definitely 44.4%が紐づきます。
重篤有害事象(serious adverse event, SAE)は7人に9件。すべて後遺症なく回復し細胞治療との関連はunrelatedかunlikely。ただしうち3件は手術手技に関連——肺炎がpossibly、けいれんがprobably、硬膜下血腫/ヒグローマはdefinitely。てんかんの既往と抗てんかん薬使用は除外基準だったのに、新規のけいれんが2人(11.1%)に報告されている。手技との関連が明記されたのはSAEの1件(probably)だけですが、皮質を貫く手技のリスクとして軽視できません。
TEAEは1年目に集中——ただし発現頻度10%以上の事象に限った件数で、1年目65件・2年目11件。著者ら自身が「1年目は受診9回、2年目は1回という差もこれを説明しうる」と不利な交絡を書き添えています。2年目の受診は24か月の1回だけ。2年目に有害事象が少なかったのは、捕捉されていないだけかもしれないのです。
もっとも示唆的な所見はこれ。移植1〜2週後、大多数の患者で同側皮質——主に前運動野(premotor cortex)近傍——にT2強調FLAIRの一過性病変が出現し、1〜2か月で消失。病変サイズは24か月時点のESS改善(r = 0.619、p < 0.05)とNIHSS改善(r = −0.735、p < 0.01)に有意に相関。ただしF-M totalとFMMSとは相関せず、著者らはpost hoc(事後解析)と明記し、原因は「不明だが、炎症、移植片-宿主反応、グリオーシスの可能性」。
もっともこの相関は、何人分に基づくのかも95%信頼区間も論文に示されていません。12か月は18人中13人とあるだけで、24か月の人数は不明。変化量の検定はWilcoxon符号順位検定なのに、相関だけ外れ値に弱いPearsonです。そして根本的な問題として、この病変を出したのが細胞なのか針そのものなのかを、この試験は区別できません。
未来はどう変わる?(臨床への道)
Conclusionsは正直です。所見を「SB623の可能性(potential)を浮き彫りにする」にとどめ、「無作為化二重盲検対照第2b相試験(ACTIsSIMA)が現在進行中」と明記し、約156人を2用量とsham(部分的な穿頭のみ)へ1:1:1で割り付け、6か月時点のFMMS 10点以上改善率を主要評価項目とする設計まで開示しています。論文の中に「答え合わせの約束」が書き込まれていたわけです。
答えは、そのわずか2か月後に出ます。2019年1月29日、SanBioと大日本住友製薬はACTIsSIMA(NCT02448641、163人を無作為化・治療)が主要評価項目を達成しなかったと発表。6か月時点でFMMSが10点以上改善した患者は2.5×10⁶群7/55、5.0×10⁶群9/56、sham群7/52、p = 0.6743(ClinicalTrials.gov掲載結果)。18人の単群試験の72.2%は、偽手術を対照に置いた瞬間、群間差として再現されませんでした。
👦 生徒:偽手術って、実際には何をするんですか?
🧬 エクソ太郎:ACTIsSIMAのshamは「partial burr hole(部分的な穿頭)」——頭蓋骨を途中まで削るが脳実質には針を入れない。麻酔をかけられ、術後に頭が痛くなり、「治療を受けた」と感じるところまで同じで、細胞と針路だけが違う。差が出なかった以上、単群試験で見えた改善にSB623細胞に特異的な効果があったとは実証されていない。sham手術の効果、期待や評価者バイアス、測定のばらつき、自然経過——どれがどれだけ効いたのかを、この結果は区別しない。
2020年9月、SanBioは梗塞体積の小さい77人(登録の47%)に絞った事後解析を公表——24週の複合FMMSエンドポイントでSB623群51人中49%、対照26人中19%、p = 0.02。ただし事前規定なし、被験者を半分以下に絞り、エンドポイント定義も差し替えた後付け解析です。2026年8月4日時点のPubMed検索でACTIsSIMAの査読付き原著は確認できず、一次情報はClinicalTrials.govと企業リリースのみ。
ところがSB623という細胞は死にませんでした。ただし時系列は正確に。慢性期外傷性脳損傷(traumatic brain injury, TBI)を対象とするSTEMTRA(NCT02416492)は、ACTIsSIMAの失敗を受けて始まった試験ではありません。2015年4月登録公開・2016年7月開始で、ACTIsSIMA(2015年5月公開・2016年3月開始)と並走していました。二重盲検・偽手術対照のSTEMTRAは24週のFMMS変化量で主要評価項目を達成(Kawaboriら, Neurology 2021;96(8):e1202–e1214)。承認時資料では併合SB623群(46人)8.3 ± 10.6、偽手術群(15人)2.3 ± 4.7、p = 0.0401(平均±SD)。この46人+15人=61人は、登録63人から安全な穿刺経路を確保できなかった2人を除いた解析対象です。ただし同じ併合SB623群対偽手術群の比較でも、48週では有意差が消えています。
日本では2024年7月31日、「アクーゴ®脳内移植用注」が「外傷性脳損傷に伴う慢性期の運動麻痺の改善」を効能・効果として条件及び期限付き製造販売承認を取得。2026年5月20日に薬価収載(1回72,716,528円)、5月21日発売。「条件及び期限付き」とは有効性が「推定された」段階で期限を切って市販を認める制度で、「効くと確認された」という意味ではありません。用法用量(生細胞5×10⁶個・300 μL、小孔1か所から3経路・各5か所)は本論文の手技とほぼ同一——同じ細胞と手技の2適応のうち、承認に届いたのはTBIの側でした。2026年8月時点で、脳梗塞に対するSB623の承認は日本にも米国にもありません。同じ制度で2015年に承認されたハートシート(テルモ)は市販後評価で有効性が示されず2024年7月に承認整理。アクーゴの検証は、これからです。
他社も同じ壁に当たりました。ReNeuronのCTX0E03は単群PISCES-2(23人)で主要評価項目の達成が1人、検証用PISCES-IIIは15人で中止。AthersysのMultiStemはMASTERS(126人)がDay 90でodds ratio 1.08(95% CI 0.55–2.09)、p = 0.83と未達、日本のTREASUREもP = .90。第3相MASTERS-2は2023年の中間解析で「300人では検出力不足」と判定されて組入れが一時停止、正式な結果公表に至っていません。Athersysは2024年1月にChapter 11を申請、ReNeuronも2024年に管財手続き(administration)に入り、以後は非上場企業として存続。
この研究をどう批判的に読むか(限界と、さらに質を高める道)
公平を期して優れた点から。18人に投与した試験を2年走りきり、2人の離脱・追跡不能まで明記した完了報告を出しました(24か月データは16人)。不利な所見(mRSの不動、用量と改善の無相関、24か月FLAIR相関がF-M/FMMSで非有意)も隠していません。回復プラトー後の集団を選び、12か月報告によれば試験期間中はリハビリを受けさせていない——類似試験に欠けた交絡統制です。
そのうえで限界を。第一に、単群・非盲検・n = 18の帰結。論文は「対照はベースライン値が与える」と単群を正当化しますが、ベースラインは同時対照ではなく、①自然回復、②手術そのものの効果とプラセボ・期待効果、③非盲検評価者バイアス、④練習効果、⑤平均への回帰のいずれも排除できません。著者らの「慢性で安定した欠損だからプラセボ効果とは考えにくい」という反論は論点先取です。「無治療で安定」と「介入の非特異的要素に反応しない」は別の命題であり、しかも介入は穿頭を伴う脳内定位注入で、全員が自分は移植を受けたと知っている。ただし著者ら自身が同じ段落に「プラセボ効果を完全に排除することはできない。この点は進行中のACTIsSIMAで検証されている」とも書きました。
第二に、安定性を確認したのはNIHSSだけ。最大の改善を示したF-M total(+19.4)とFMMS(+10.4)のベースライン安定性は文書化されていません。第三に、多重比較。図1だけで4尺度×約8時点=約32回のWilcoxon検定がα = 0.05のまま行われ、ESSとNIHSSは内容が重複しFMMSはF-M totalの下位構成要素で、「4尺度すべて改善」は独立した確証ではありません。
第四に、実際に解析された人数。抄録は「24か月を完了した16人において」、図1の凡例は「n = 18」。ところが図1の軸下の時点別nは24か月でESS/NIHSSが15人、F-M/FMMSが14人——同じ一枚の図に3種類のnが並存します。抄録の「F-M total score, 19.4」は実際には14人の結果です。欠測処理の記載はなく、事実上のcomplete-case解析で感度分析もなし。
第五に、統計的有意と臨床的意味の距離。著者らは「平均FMMSが10.4点増えたので平均して臨床的に意味のある改善を経験した」と書きますが、MCIDは個々の患者が知覚する最小変化量という個体レベルの概念で、群平均に当てはめるのはカテゴリー誤りです。分布は二峰的で、FMMSの95% CI下限は4.0——閾値10の半分以下でした。
第六に、0件は0%ではない。n = 18で0件だった事象の真の発生率は95%信頼上限でおよそ16.7%(rule of three)。「死亡なし」「腫瘍化なし」は発生率17%未満の事象について何も否定していません。
👦 生徒:12か月報告と2年報告は同じ18人ですよね。数字は一致しているんですか?
🧬 エクソ太郎:突き合わせると何か所もずれる。NIHSSのベースラインは2016年版で9.44(SD 1.89)、2019年版で9.3(1.7)。2019年版の表の脚注は「One value has been modified.」だけで、どの値をどう直したかの説明がない。12か月変化も−2.00(−2.7 to −1.3)から−1.9(−2.6 to −1.1)へ、mRSのp値は「P = 1.0000」が「p < 0.99」に変わっている。
👦 生徒:数字が後から動くことなんて、あるんですか?
🧬 エクソ太郎:もっと厄介なのは有害事象だ。手技にprobably/definitely関連した頭痛は2016年版で77.8%(14/18)、2019年版で66.7%(12/18)。細胞にpossibly関連としたTEAEも2016年版の4件(22.2%。筋痙縮2・歩行障害1・手技性頭痛1)から2019年版では筋痙縮1人(5.6%)へ減った。因果判定のやり直しやコーディング変更なら起こりうる変化だが、その理由は論文のどこにも書かれていない。極めつけは、2016年版にあった「多重性は補正されていない」「リハビリを受けさせなかった」「神経内科医は盲検化されていなかった」の3開示が、2019年版に再掲されていないことだ。
ガバナンスの記述も薄い。統計解析は「Statistical analysis: Poggio」の単独記載——利益相反を抱える1名が担い、独立解析や再解析は論文に報告されていません。データ安全性モニタリング委員会(data safety monitoring board, DSMB)への言及も論文にはない。ただしここは分けて評価すべきで、ClinicalTrials.govの現在の記録はData MonitoringをYesとし、プロトコル・同意説明文書・統計解析計画(SAP)も2022〜2023年の結果掲載時に公開されています。問題は「なかった」ことではなく、論文発表の時点で読者に検証材料がなかったこと。Author Contributionsで「投稿版を確認した」のは12名中Steinberg氏1名です。
ではどうすれば質が上がったか。①待機期間の無作為化(delayed-start)——全員に投与する前提で待機を0/3/6か月へ割り付ければ、投与機会を失う人を出さずに同時対照期間が得られ、自然経過・練習効果・平均への回帰を推定できた。②溶媒だけの腕やカニューレを通すだけの腕があれば、FLAIR病変が細胞由来か針路由来かを切り分けられた。③診察をビデオ録画し時点順序をランダム化して施設外の盲検評価者が採点すれば、単群でも「時点の盲検化」はできる。④32回の個別検定をやめ反復測定混合効果モデル(mixed model for repeated measures, MMRM)で一括モデル化し、反応者は固定時点で定義する(ACTIsSIMAが実際に変更した)。
エクソ太郎の視点
私自身はMSCと細胞外小胞(extracellular vesicle, EV)を脊髄損傷(spinal cord injury, SCI)に応用する研究をしているので、この一文から目が離せません——「持続的な神経学的回復は、細胞の生着と長期生存ではなく、移植細胞が分泌するタンパク質や分子によるパラクライン効果に起因する可能性がある」。効いているのが細胞ではなく細胞の置いていく伝言なら、伝言だけ届ければいい。ならば穿頭して針を3本通す必要はあるのか——他人事ではない問いでした。
この論文とACTIsSIMAを並べて読むと、問いの立て方が変わります。パラクライン効果が本当に大きいのなら、脳実質まで届かない偽手術を対照に置いたとき細胞群は離れて見えるはずでした。離れなかった。単群試験の「+10.4点」の少なくとも一部は、伝言でも針路でもなく測っている行為そのもの——期待、動機づけ、習熟、非盲検の採点者——が作った数字だった可能性があります。動物モデルでEVの効果が見えたとき真っ先にすべきは、「対照をどう置けばこの効果が消えるか」を先に設計することです。
それでも惹かれ続ける所見が一つ残ります。あのT2-FLAIRの一過性病変です。脳が反応した痕跡が画像に映り、それが2年後の回復と結びついた——EVで脳を動かそうとする者が喉から手が出るほど欲しいバイオマーカーの原型です。ところが検証した追跡研究は2026年8月時点で見つからず、ACTIsSIMAもPISCES-IIIもMASTERS-2も、PubMed検索では主要結果を報告した査読付き原著を確認できません。否定的な結果ほど文献に残らない——その現実は、次に同じ道を歩く研究者から地図を奪います。
最後に、患者さんとご家族へ。2026年8月時点で、慢性期の脳梗塞後遺症に対して、日本で薬機法にもとづく承認を受け保険適用された細胞治療は存在しません。アクーゴの適応は外傷性脳損傷のみです。再生医療等安全性確保法の「第2種再生医療等提供計画の届出受理」も、厚労省が有効性を承認した意味ではなく、薬機法の製造販売承認とは別の制度です。この記事の数字——18人では「どこか1回でも+10点」という緩い定義で72.2%が到達し、163人に偽手術対照を置いて「6か月時点で+10点」と定義し直したらp = 0.6743——を、自由診療のパンフレットを読むときの物差しにしてください。
そして忘れたくないのは、この18人が実際に頭蓋骨へ穴を開けられ、脳に針を3本通されたという事実です。その負担と引き換えに残ったものは小さくありません——死亡も用量制限毒性もない2年間の安全性データ、単群での主要評価項目の達成、FLAIR病変という手がかり。確認されなかったのは細胞に特異的な有効性です。このデータがあるからこそ、私たちは今日「単群の前後比較を有効性の証拠として読んではいけない」とはっきり言える。冷笑も誇張もなしに、そのことは書き残しておきたい。
